本章では、現在の食品産業の成り立ちを米国の歴史を基に把握し、不健康な食生活、生物多様性の破壊、世界的な食糧不足などの課題について見ていきます。
その上で、今後の食品業界のトレンド、食の消費・生産・販売のあり方を考えるきっかけになればと思います。
現在の食品産業の成り立ち
世界の食品メーカーの売上高ランキング
始めに、現在の食品産業がどのような企業で構成されているのかについて見てみます。
以下は、世界の食品メーカーの売上ランキングです。

日本からはサントリー、JT、アサヒ、キリン、味の素などがランクインしています。
上位にはネスレ、P&G、ユニリーバなどの総合食品会社やペプシコ、コカコーラなどのよく目にする会社名が並んでおり、その多くを欧米企業が占めています。
これらの欧米の大手の食品メーカーが生まれた背景について、ジャック・アタリの著書「食の歴史」から内容を引用し、考察していきます。
戦争を機に発達した米国の食品産業
19世紀末に世界経済の中心はヨーロッパからアメリカへ移り始め、覇権国であったアメリカの資本主義が「効率」「栄養学」「簡便性」を重視した食文化を世界に普及させたと分析しています。
生産者から購入した肉や魚や野菜等を、自宅で調理し、食卓を囲んで会話をしながら食べ、味や香り、素材や調理法を楽しむというヨーロッパの美食文化は薄れていったとされています。
そこには、戦争と食品産業の工業化という2つの背景があります。
米国は1910年代〜1940年代にかけて、第一次・第二次世界大戦へ参戦したことで、全世界に数百万人の兵士を送る必要がありました。
軍は栄養学の研究所や食品メーカーと協力し、 栄養素が厳密に計算された加工食品を開発しました。
カロリーやビタミン等の栄養学の研究や食品加工の技術革新が進んだのもこの頃です。
・ウィルバー・オリン・アトウォーターが現代の栄養学の基礎となる「カロリー計算の基準(アトウォーター係数)」を確立(1890年代)
・カシミール・フンクが脚気を治療する有効成分を、生命(ラテン語: “vita”)の維持に不可欠、アミン(amine)基を持つ化合物として「ビタミン」と命名(1912年)
・ジャック=アルセーヌ・ダルソンヴァルがフリーズドライ(凍結乾燥)の基礎技術を開発(1906年)
・モーリスギゴスが粉ミルクを開発(1908年)
・フレッド・W・ウルフが家庭用の冷蔵庫を発明(1913年)
19世紀末に生まれた栄養学・食品加工・保存技術
戦地では美味しさよりも機能が優先され、缶詰、乾燥食品、チョコレートバーなど、戦闘中に持ち運べる調理不要な加工食品が開発されました。
戦時にはビールやウイスキーの原料となる穀物を、兵士の食料として節約すべきだという機運が高まったことも背景に「禁酒法」が施行されました。
米国の食品メーカーの誕生
アトランタ州では「禁酒法」が1885年に施行され、コカの葉とワインを配合した薬用酒のワインを炭酸水に変えた「滋養飲料(薬)」としてコカ・コーラの販売が1886年に始まりました。
カナダ・ドライ(ジンジャエール)の販売は1904年に始まりました。禁酒法が1920年〜1933年の13年間、全土で施行されたため、シャンパンのような「ドライ(甘さ控えめ)」な味わいを持つお酒の代替品として人気が出ました。
1950年代からは、戦争で培われた加工技術を食品メーカーが一般家庭向けに転用し、冷凍食品、インスタント食品、レトルト食品などの販売を始めます。
加工食品を大量に売りたいという食品メーカーは、マーケティング戦略として「栄養学」が用いて「工業的な管理に基づく食品を効率よく摂取する方が健康に良い」とう概念を普及させました。
「味を楽しむ」のは二の次で、美味しくない料理でもソースで味付けをして美味しく食べれるように、ハインツはケチャップの販売を1869年に始めました。
簡単に栄養を取れる食品として、ケロッグはコーンフレークの販売を1906年に始めました。
ファストフードの台頭と世界展開
「効率よく食事をする」という食文化を背景に、注文してからすぐに食べれて、持ち運びもできるファストフードが流行り始めました。
1930年にケンタッキーフライドチキン、1940年にマクドナルドが誕生します。
1947年にレイセオン社により電子レンジが発売され、温めて直して自宅で食べれるようになったこともありファストフードの人気に拍車をかけます。
戦後、ベルリンや東京に進駐した、米国兵は食品業界の販売促進係となりました。
アメリカのファストフードは世界に普及し始め、自由と近代化の象徴にもなったと言われています。
課題:不健康な食生活
米国中心の食文化の普及したことで、起きた問題について触れていきます。
肥満人口の増加
WHOは1990 年以降、世界中の成人の肥満は2倍以上に増加したと報告しています。肥満とはBMI(体重(kg)÷身長²(m²))が30以上の人を指します。
以下はOECD諸国の肥満人口の割合です。日本は欧米と比較すると割合が少ないですが微増傾向にあります。

肥満は糖尿病の原因になります。国際糖尿病連合によると世界人口に占める糖尿病の割合は1980年の4.5%から、2017年の8.5%まで増加したそうです。
これはファストフードのような「脂質や糖分を多く含む高カロリー食品」の摂取量が世界的に増加していることが理由です。
ニューヨーク大学医療センターはファストフード店やコンビニ等の「不健康な食品(ジャンクフード)を販売する店」への近さが子どもの肥満率と強い関連があることを発表しています。
安価な超加工食品の摂取
超加工食品(Ultra Processing Food)とはブラジルのサンパウロ大学カルロス・モンテイロ博士らによって2009年に提唱された概念です。
栄養素ではなく、製造プロセスに注目するのが特徴です。

特にグループ4(超加工食品)の消費が、世界的な肥満や関連疾患の増加と関連していると指摘しています。
原料に保存料、着色料、加工澱粉、硬化油などを含むため、自然食品に比べて栄養価に劣り、脂質、飽和脂肪酸、塩分、糖分を多く含みます。
工業的に生産できるため原価率が低く、食品業界にとっては特に儲かる商品です。価格も安いので消費者の手にも届きやすいです。
WHOは加工肉の発がん性を指摘しており、毎日50gの加工肉を摂取すると直腸がんに至るリスクが18%上昇すると報告しています。
ワシントン大学の調査機関(Global Burden of Disease)は、米国では加工肉の過剰摂取により毎年3.4万人が亡くなっていると推定しています。
フランス国立保健医学研究機構も食生活において、超加工食品の割合が10%高まると、乳がんを始めとするがんの発症リスクが10%高まると報告としています。
資本主義を優先した大企業のロビイング活動
食品産業は消費者への宣伝力が強く、政府が統制しにくいことが課題です。
ヒトはアルコール、カフェイン、塩、砂糖、香辛料などの刺激物を好んで消費するため、食品メーカーは不健康になると分かっていても業績向上のために商品を販売し続けます。
業界団体はロビイングを行い政府の規制に反対することがあります。
例えばヨーロッパでは「栄養スコア」のラベル表示の義務化が検討されていたところ、食費業界は10億ドル近くの政治献金を行い、その反対に成功したとの記事があります。
NYタイムズによれば米国の糖類研究財団は、1967年にハーバードの研究者に5万ドルの資金を提供し、砂糖よりも不飽和脂肪酸の方が肥満や心血管疾患に悪影響をもたらすという論文を医学誌に掲載させました。これにより「低脂肪食品」が注目され、砂糖の健康への悪影響(肥満や糖尿病のリスク)が長年にわたり見過ごされる一因となったと言われています。
AP通信によれば、ハーシーズやネスレなどの砂糖菓子メーカーが加盟する業界団体「全米菓子協会」は「砂糖菓子を食べる子供は、食べない子供よりも肥満になりにくい傾向がある」と説く研究者に資金を提供していました。
食事時間の減少と個食
以下はOECD諸国における「1日あたりに飲食に費やす平均時間」を比較したものです。
南ヨーロッパ(イタリア、ギリシャ、スペイン)やフランス、アジアは食事に時間をかける一方で、カナダとアメリカは最下位に位置しています。

食事にかける時間は平均寿命とも相関がありそうです。
第1章で触れていますが、厚労省が作成した2023年の「世界の平均寿命ランキング(女性)」では、日本(1位)、フランス(3位)、スペイン(4位)、イタリア(7位)で、10位以内に入っています。
カナダ政府は、食べるのが速いほど、時間的なプレッシャーから無意識のうちに多くの食べ物を摂取してしまう、早食いをする人は食事の鮮度や栄養価に注意を払わない傾向があると警鐘を鳴らしています。
ジャックアタリの考察では、都市化が不動価格を高騰させ自宅に台所を確保できなくなる、娯楽が多様化することで食事への関心が薄れることを懸念しています。
その結果、調理の場や人々は食卓を囲み、朝昼晩と決まった時間に食べる習慣が無くなり、各自が好きな時間にスマホを見ながら「個食」をするような時代がやってくると予想しています。
課題:生物多様性の破壊
食料の生産者の視点では、生物多様性の破壊が課題になっています。
土壌や水質の汚染
FAOの畜産業の環境負荷報告書によると、畜産と農薬の影響による土壌汚染を課題としています。農水省は「畜産環境対策」として解決にむけて取り組みを進めています。
畜産では、狭い土地に大量の家畜を飼育するため、畜産の排泄物に含まれる窒素とリンの量が土地が吸収できるキャパシティを超え、過剰な窒素やリンが雨水によって地下水や河川に流れ、富栄養化(プランクトンの異常発生など)や地下水汚染を引き起こします。
また、畜産の飼料作物を効率よく栽培するために農薬が散布されます。農薬の一部は植物に吸収されたり分解されたりせず、土壌に落下して蓄積します。土壌に含まれる微生物が死滅します。土地が使い物にならなくなると、大規模に森林を伐採し、新たな農業用地を作ることなります。世界の森林伐採の27%は作物栽培と畜産のために行われていると報告されています。
地下水や河川の汚染や新たな農業用地の開発による森林伐採で、生物は多様性を失います。
乱獲
乱獲も生物多様性を失う原因です。ジャック・アタリの試算では1960年には100メートルまでだった漁業の水深がさらに深くなり、2017年には300メートルになったと指摘しています。
国際自然保護連合の「世界で最も包括的な絶滅のおそれのある生物種のリスト」には500種類以上の魚や海洋無脊椎動物が明記されています。
生物の多様性に関する条約では、世界全体で陸地の17%と海洋の10%を保護区域にするという目標が定められました。
課題:食糧不足
新興国の人口増加
国連は、世界の人口は2030年に約80億人、2050年に約90億人に達すると予想しています。2019年と比較するとアジアは9億人、アフリカは13億人以上増加します。
世界人口の半分(45億人)以上が中産階級(欧米と同じ生活レベル)になります。
FAOは世界食料安全保障サミットで、人口増加が起き、これまでの消費が続くと食糧生産量を70%引上げる必要があると報告しました。
気候変動と農業生産性の低下
食糧生産量を増やさなければならない一方で、別の報告書では、気候変動による農業の生産性低下が課題とされています。
気候変動によって、作物の光合成の効率が落ちる、 土壌の水分蒸発の加速により多くの水(灌漑)が必要になる、 病害虫の分布が変化する、干ばつや洪水などの異常気象が発生するなどの問題が懸念されており、食糧生産量は20%ほど減少すると予想されています。
ロシアやカナダ、北欧等の寒冷地では、これまで作物が育たなかった土地で農業が可能になり生産性が向上する可能性がある一方で、多くの温帯・熱帯地域では生産性が低下すると指摘されています。
今後の食品業界のトレンド
覇権国であった米国型の食文化が、資本主義と組み合わさって世界に広まり、肥満人口の増加、超加工食品の過剰摂取、食事時間の減少などが不健康な食生活を引き起こしました。
食糧生産のために土壌や水質の汚染、乱獲などが進み、生物多様性の破壊に繋がっています。
また、世界的な人口増加に対応するために食糧生産量の引き上げが必要になる一方で、気候変動による農業の生産性低下が起きています。
これらの課題から今後の食品業界のトレンドについて予想をしていきます。
ヘルスケアの価値が重要視
食の価値が栄養摂取や美味しさだけでなく、ヘルスケアへと移り代わっています。
日本でも機能性表示食品制度は2015年から始まりました。受理件数は1万件を超えたそうです。より効率的に機能性を追求するため、医薬品で使用される薬物送達技術(DDS)の食品への活用も進んでいくと予想しています。
コカ・コーラやぺプシコは伝統的な甘い炭酸飲料ではなく、機能性飲料の開発に投資を行っています。消費者は甘い飲料を飲まなくなり、家庭で砂糖や添加物無しの炭酸水を作る時代になると予想し、ソーダストリームを買収しました。
こちらの記事ではイギリスの食品法規制の主要な動向を解説しています。HFSS(High in Fat,Salt and Sugar)食品として高脂肪・高塩分・高糖分な食品の広告へ規制がかけられ、テレビでは午後9時以前の広告、 オンラインの有料広告が禁止されました。16歳未満への高カフェインエナジードリンクの販売の禁止も検討されています。
日本でも2024年に「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が厚労省から発表され、がんのリスクをふまえた適正量の飲酒を推奨しました。脱アルコールが進み売上が鈍化する中、アサヒ、サントリー、キリン、サッポロなどの飲料メーカーは機能性飲料の開発を進めています。
世界的な食糧価格の高騰
世界の人口が増加、環境汚染や森林伐採対策のため、特に動物性食品(肉や魚)の供給が追いつかないことが予想されます。
価格が高騰し、富裕層しか食べられない物になります。
そのため、動物由来の食品を植物由来に置き換える代替食品が開発されています。例えば、植物性マヨネーズ、細胞培養による人工肉などです。
また、豊富なタンパク質の含まれる商品として昆虫、キヌアなどのスーパーフードなども注目されています。
食糧が不足するのであれば、フードロスを減らせば良いという考えで、規格外野菜をアップサイクルする、賞味期限を延長する保存技術の開発も進んでいます。
日本では賞味期限の表示が義務付けられていますが、消費期限も明記する、事業者が期限を必要以上に短く設定しないようにする規制が消費者庁によって検討されています。
グローバル化の加速
AIによって多言語翻訳、画像や動画の生成などが誰でも可能になり、これまでよりも海外に商品を販売することが容易になりました。それによって越境ECの市場は更に伸びていくと予想されています。
また、マクドナルド、KFC、スタバなどの米国の外食ブランドが世界を席巻していましたが、今後はアジア、ラテンアメリカ、アフリカなど、多様な国のブランドを目にする機会が増えると予想します。台湾のGong cha、中国のLuckin Cofffee、韓国のbb.q chickenなどが世界数十カ国に展開をしています。
ビーガン、ハラルなどの宗教が持つ食に関する戒律を意識した商品も増える予想です。2016年のハラル食の市場規模は2450億ドルで市場の16%程度と言われています。
食のグローバル化が進む一方で、輸送コストや関税を払い海外から輸入すると高価格になること、GHGの排出など環境負荷が高いことを踏まえると「地産地消」が本来は望ましい姿です。
そのため、商品を輸入するのではなく、製造技術や機械、またはブランドを知的財産化し、輸出する動きが増えていくと思われます。
食品の価値の多様化
世界的な幸福度の指標はGDPからウェルビーイングに変化しています。
経済や資本主義優先で比較的質素な食生活を送る国と、美食を国家のアイデンティティ・文化として守り続ける国と違いが明確になり、消費者も自分に適した環境での生活を選ぶようになると予想します。
食の価値は以下のように多様化しています。

食の価値というと美味しさ、栄養摂取、ヘルスケアなどを思い浮かべることが多いと思いますが、様々な例が出てきています。
- 料理を共にして繋がる (クッキングスタジオ)
- 綺麗になる(ダイエットサプリ、プロテイン)
- 歴史や文化を知り、知的好奇心を満たす(ワインソムリエ)
- 感謝を伝達する(ギフトセット)
娯楽の多様化が進み、可処分所得・時間に占める食の割合は低下しているとの見方もありますが、お腹が空き食べるという行為は生きていく上で毎日繰り返され、今後も消えることはありません。
食に関連する価値が多様化し「食 × 〇〇」という形で、様々なサービスが生まれていくと予想します。
出典
- フードテックで変わる食の未来
- マッキンゼーが読み解く食と農の未来
- 食の歴史(ジャックアタリ)
- 食品産業の未来 ネスレの挑戦


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